【仙台の原風景を観る、知る。】風の時編集部 公式ブログ

“仙台の原風景を観る、知る。”をテーマに、フリーペーパー「風の時」14刊を発行(2005年5月号~2008年7月号)。仙台の古写真集や藩政期~昭和時代の復刻地図、復刻絵葉書などを企画・発行。 ●風の時編集部 代表 佐藤正実 ●Eメール:info@sendai-city.net ●TEL:022-295-9568 ●〒983-0852 仙台市宮城野区榴岡3-11-5 A610 ○NPO法人20世紀アーカイブ仙台副理事長 ○3.11オモイデアーカイブ 主宰 ○ジモトアーカイブせんだい 代表理事

「風の時」編集部商品

【物語で伝える仙台七夕まつりの力】佐々木ひとみさん

8月は風の時編集部主催で、入場無料・限定10名様のトークイベント「だれかに話したくなる仙台のあれこれ」を20講座開催します。そのトップバッターとしてご登壇いただくのが、児童文学作家・コピーライターの佐々木ひとみさん。『ぼくとあいつのラストラン』…

トークイベント「だれかに話したくなる仙台のあれこれ」8月開催!!

古絵図・古地図、地名、水路、地形、まつりなど“仙台の原風景を観る、知る”スペシャリストたちによるトークイベント&ワークショップを開催します。なるべく多くの方に聴講していただく機会を作りたいため、おひとりさま1講演、各講演10名様限定で開催します…

若林図書館の七夕パネル展ギャラリートーク

若林図書館パネル展「あらためて知りたい仙台七夕~絵はがき・写真・ポスターで振り返る~」で、仙台七夕まつりのお話しをさせていただきます。明治・大正・昭和時代の貴重な仙台七夕祭の写真や絵はがきをご覧いただきつつ、七夕飾りの変遷、なぜ「七夕」を…

仙台クロニクル「仙台城」⑦ “森の都”仙台

静かに美しく広がる仙台平野。屋敷に植えられた様々な木立が家並みを隠す姿は、まさに“森の都”の原風景である。戦災、震災をくぐりぬけてきた仙台が、百年先、千代先の未来に残すべきもの―その答えは、過去の仙台にあるのではないだろうか。 --- 2015年から…

次週「仙台クロニクル」最終回

毎週火曜日の河北新報夕刊で連載してきた「仙台・あの日」そして、「仙臺クロニクル」シリーズは、今月で終了です。6年間お付き合いいただき、ありがとうございました。原稿を書きながらたくさん学ばせてもらいました。6年間、ちょうど小学校を卒業する気分…

仙台クロニクル「仙台城」⑥ 伊達政宗公初代騎馬像

1935(昭和10)年「藩祖公没後300年祭」を記念し、柴田町の彫刻家小室達(とおる)氏によって製作された伊達政宗公騎馬像。第二次世界大戦の金属供出の憂き目に遭うが、戦後、胸から上部分が発見され、仙台市博物館の敷地に移設された。 (河北新報夕刊「仙…

仙台クロニクル「仙台城」⑤ 昭忠碑

戦没者の慰霊顕彰碑として、1902(明治35)年仙台城本丸跡に建立された。絵はがきでは塔頂部に翼を広げた青銅製の鳶(とび)が乗っているが、2011年の東日本大震災で落下し、その後修復され、現在は基台に据え付けられている。 (河北新報夕刊「仙臺クロニク…

仙台クロニクル「仙台城」④ 五色沼

仙台城三の丸跡(仙台市博物館)北側の五色沼は、日本フィギュアスケート発祥の地と言われる。1923(大正12)年、仙台スケート協会が設立すると急激に普及した。スケート競技への関心は高く、五色沼や広瀬川大橋下などがリンクとして使われた。 (河北新報夕…

仙台クロニクル「仙台城」③大手門

仙台城の大手にそびえ立つ二階建の豪壮な大手門、そして脇櫓。ともに1931(昭和6)年に国宝に指定されたが、1945(昭和20)年の仙台空襲で焼失した。伊達政宗公没後400年の2036年に向けて、大手門と脇櫓の復元計画が進む。 (河北新報夕刊「仙臺クロニクル …

仙台クロニクル「仙台城」②本丸

天然の要害青葉山を利用し、初代藩主伊達政宗公によって築かれた仙台城。1610(慶長15)年、山上に本丸が造営され、1639(寛永16)年には二代忠宗公の時代に二の丸(現・東北大学川内キャンパス)が完成。以降、二の丸が藩政の中心となる。 (河北新報夕刊「…

『仙台城下絵図 風呂敷』発売時期についてお知らせ

現在、風呂敷は群馬県桐生市の朝倉染物店さんで製造していただいておりますが、予想を上回るご注文をいただいたため、製造が間に合わず、お届けが6月上旬にずれ込みそうな状況です。大変ご迷惑をおかけしますが、何卒よろしくお願いいたします。

仙台クロニクル「仙台城」①

所領を米沢、岩出山、そして仙台へと移した南奥州の覇者・伊達政宗公は、関ヶ原合戦の1600年(慶長5)年12月に縄張りを始め、62万石の拠点である仙台城と城下町をつくった。標高203メートルある青葉山に建つ山城の仙台城は、豊臣秀吉が建てた聚楽第にも匹敵…

仙台クロニクル「榴ヶ岡」⑥ 榴岡公園/東北産業博覧会会場

1928(昭和3)年に開催された「東北産業博覧会」。第一会場川内、第二会場西公園、そして第三会場が榴岡公園だった。人形陳列館を始め、飲食店や売店が並んだ。絵葉書に写る「日光館」は公園北側の現NPOプラザの敷地に建てられた。 (河北新報夕刊「仙臺クロ…

仙台クロニクル「榴ヶ岡」⑤ 釈迦堂

仙台藩四代藩主伊達綱村公が生母・三沢初子の冥福を祈るため、1695(元禄8)年に榴ヶ岡に建立したのが釈迦堂。1973(昭和48)年の宮城県立図書館建設に伴い、三沢初子が葬られた孝勝寺に移された。現在、大規模復元工事中。 (河北新報夕刊「仙臺クロニクル …

超撥水の「仙台城下絵図 風呂敷vol.2」本日発売!

「仙台城下絵図 風呂敷vol.2」第1期ご予約分、本日発売開始しました。楽天市場で3月31日までにご予約いただいた方には、期日指定された場合を除き、明日以降順次お届けとなります。楽しみにお待ちくださいませ。ただいま第2回ご予約分を受付中です。4月30日…

仙台クロニクル「榴ヶ岡」④ 榴岡天満宮

菅原道真を祭神とする榴岡天満宮は、東照宮造営の際に現在地の榴ヶ岡に遷された。境内には、樹齢300年を超す枝垂れ桜や白樫、開花期の早い白梅などがあり、市民の目を楽しませてくれる。2017(平成29)年に遷座350年を迎えた。 (河北新報夕刊「仙臺クロニク…

仙台クロニクル「榴ヶ岡」③ 歩兵第四連隊

1874(明治7)に造営された木造2階建ての兵舎で、現存する宮城県内最古の洋風建築(市指定有形文化財)。戦後は米軍が駐留し、その後、警察学校として使用された。残されていた7棟のうち1棟が仙台市歴史民俗資料館として1979(昭和54)年に開館した。 (河北…

仙台駅と駅前広場 (昭和38年)

大時計が写る4代目の仙台駅舎。1949(昭和24)年から1972(昭和47)年まで、約四半世紀の間使われた。左側の赤い車はタクシーで、中央部は自家用車の駐車場、停車しているバスは仙北鉄道系の宮城バス。青葉通の突き当たりに位置する信号機には、灯火の周囲に…

仙台クロニクル「榴ヶ岡】② 榴岡公園

4代藩主伊達綱村公が1695(元禄8)年、実母三沢初子を供養するために釈迦堂を建立、桜を植え行楽の場となった。1902年(明治35)年、榴岡公園として開園。1928年(昭和3)年開催の東北産業博覧会では第三会場して使用された。 (河北新報夕刊「仙臺クロニク…

仙台クロニクル「榴ヶ岡(つつじがおか)」①

榴岡公園付近が「榴ヶ岡(つつじがおか)」。古来、歌枕として詠まれた躑躅(つつじ)が多く咲く岡だったことから、「躑躅岡」(つつじがおか)と言われる。「榴」は「ざくろ」と読むが、明治政府により編さんされた古事類苑等によると、「山榴」を「やまつ…

仙台クロニクル「名掛丁」② 停車場通り名掛丁

仙台駅開業により東西に分れた名掛丁。絵葉書の写真説明には、「停車場通り名掛町(丁)」と記されており、大正から昭和初期頃の仙台駅前の名掛丁(ハピナ名掛丁商店街)を写したもの。左側(南)が仙台駅で、通りの奥が新伝馬町、大町方面。 (河北新報夕刊…

完全受注生産。仙台城下絵図風呂敷の受付開始です

江戸時代末期に描かれた仙台城下絵図を、グラフィックデザイナーの厚綿広至さんがていねいに再現した【安政補正改革仙府絵図(令和版)】。今回、その絵図を超撥水仕様の風呂敷で商品化しました。風呂敷の製作は群馬県桐生市の朝倉染布さん。超撥水仕様の生…

仙台クロニクル「仙台駅」⑦宮城野橋(通称「X橋」)

1887(明治20)年仙台駅開業。線路によって分断された名掛丁に踏切が設置され、東西交通は確保された。しかし、年々貨物の取扱いが増え、開かずの踏切となったため、大正9年に宮城野橋が架けられた。橋の形から「X橋」と呼ばれ親しまれた。 (河北新報夕刊「…

仙台クロニクル「仙台駅」⑥停車場前通(駅前通)

仙台市電開通により拡幅された停車場前通の風景が写された絵葉書。レンガ色の市電が走る奥(北方面)が花京院方面。自動車の後ろに写る帽子をかぶったような白い建物は、名掛丁入口にあった中川時計店。賑やかな駅前の様子が垣間見られる。 (河北新報夕刊「…

古絵図風呂敷の第2弾は「安政補正改革仙府絵図(令和版)」

3年ぶりに制作する古絵図風呂敷は、 厚綿 広至さん作の安政絵図(令和版)。しかも、本場群馬県桐生市の染め物屋さんが特許を持っている超撥水仕様!!洗濯しても撥水機能が落ちないというスグレモノ。販売価格は6,300円(+税)とちょっと高めですが、雨の…

仙台クロニクル「仙台駅」⑤ 仙石線の仙台駅

宮城電気鉄道(現JR仙石線)は、仙台駅前に乗り場があり、地下に降りて乗車した。この写真は、地下にあった時の仙台駅の写真。次の東七番丁駅は地上にあり、その間は地下区間だった。あまり知られていないが、仙石線は日本初の地下鉄でもある。 (河北新報夕…

仙台クロニクル「仙台駅」④ 仙石線

私鉄の宮城電気鉄道は、1925(大正14)年に仙台~塩竈間が開通。その後、東進して松島観光や野蒜海水浴場の乗客などを乗せ、昭和3年には石巻まで全線が開通した。昭和19年、戦時買収により国鉄仙石線になり、現在はJR東日本の路線となる。 (河北新報夕刊「…

仙台クロニクル掲載写真【ネオン瞬く仙台駅前 (昭和30年代はじめ頃)】

雨に濡れる中に夜のネオンがくっきりと浮かび上がる。ひときわ高い「まるみつ」のネオンは、1953(昭和28)に4階建てとなった丸光デパート。その右は、かりんとうで有名だった菓子問屋丹六。きらめく夜景に、市民は伸びゆく都市を感じたことだろう。丸光はこ…

仙台クロニクル「仙台駅」③ 仙台市電

1923(大正12)年、都市計画指定都市となった仙台市は、主要街路と市電建設を急ピッチで進めた。1926(大正15)年、仙台駅前~大町一丁目間と、東五番丁~荒町間が開通。1928(昭和3)年には環状線、その後、長町線、北仙台線、八幡町線、原町線が開通した。…

『仙台クロニクル』今朝の読売新聞で紹介していただきました

「仙台の変遷 写真集でー五輪に沸く駅前」という見出しで、今朝の読売新聞で『仙台クロニクル』を紹介していただきました。 昭和24年から平成2年まで、赤れんがの宮城県庁舎や藤崎前の若いケヤキ並木の青葉通、木造二階建ての仙台駅舎など、109点の写真を掲…