2021-06-01から1ヶ月間の記事一覧
静かに美しく広がる仙台平野。屋敷に植えられた様々な木立が家並みを隠す姿は、まさに“森の都”の原風景である。戦災、震災をくぐりぬけてきた仙台が、百年先、千代先の未来に残すべきもの―その答えは、過去の仙台にあるのではないだろうか。 --- 2015年から…
毎週火曜日の河北新報夕刊で連載してきた「仙台・あの日」そして、「仙臺クロニクル」シリーズは、今月で終了です。6年間お付き合いいただき、ありがとうございました。原稿を書きながらたくさん学ばせてもらいました。6年間、ちょうど小学校を卒業する気分…
1935(昭和10)年「藩祖公没後300年祭」を記念し、柴田町の彫刻家小室達(とおる)氏によって製作された伊達政宗公騎馬像。第二次世界大戦の金属供出の憂き目に遭うが、戦後、胸から上部分が発見され、仙台市博物館の敷地に移設された。 (河北新報夕刊「仙…
戦没者の慰霊顕彰碑として、1902(明治35)年仙台城本丸跡に建立された。絵はがきでは塔頂部に翼を広げた青銅製の鳶(とび)が乗っているが、2011年の東日本大震災で落下し、その後修復され、現在は基台に据え付けられている。 (河北新報夕刊「仙臺クロニク…
仙台城三の丸跡(仙台市博物館)北側の五色沼は、日本フィギュアスケート発祥の地と言われる。1923(大正12)年、仙台スケート協会が設立すると急激に普及した。スケート競技への関心は高く、五色沼や広瀬川大橋下などがリンクとして使われた。 (河北新報夕…
仙台城の大手にそびえ立つ二階建の豪壮な大手門、そして脇櫓。ともに1931(昭和6)年に国宝に指定されたが、1945(昭和20)年の仙台空襲で焼失した。伊達政宗公没後400年の2036年に向けて、大手門と脇櫓の復元計画が進む。 (河北新報夕刊「仙臺クロニクル …