霊屋橋から南方の向山を登る坂を「鹿落坂」という。藩政期にはこの辺りには鹿と猪が多く棲み、鹿猪の巻狩(※)の場でもあった。鹿や猪がこの坂を下り広瀬川河原に食物を求めに降りてくることから鹿落坂という名がついたという。元来険しかったこの坂も、八木山開発とともに緩やかで幅の広い安全な道になった。
瑞鳳寺下の米ヶ袋への渡口は宝暦年間(1751年〜1764年)に新設。明治時代までは舟で渡し、1915(大正4)年になって吊橋の越路橋(後に霊屋橋と改称)が架けられた。現在の霊屋橋は1935(昭和10)年架橋。
※巻狩(まきがり)・・・狩り場を四方から取り囲んで獣を追い立てて捕らえる狩りのこと。
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